1. はじめに:読者への挨拶と記事の概要
はじめまして。この記事に足を運んでいただき、本当にありがとうございます。
私は現在、現役の特別支援学校教員として働きながら、2028年4月の障害福祉事業所開設という人生最大の目標に向けて準備を進めています。
教員として15年以上のキャリアを積み重ねてきた私ですが、ここに至る道のりは決して順風満帆ではありませんでした。自分自身のメンタル不調による長期休職、そして我が子の発達に対する不安という、出口の見えない暗闇のような葛藤を経験してきたからです。
この記事では、私が直面した2つの生々しい「発達の壁」と深い葛藤、そして妻の大反対を受けながらも障害福祉での起業を決意した理由についてお話しします。同じような悩みを抱える方や、新しい一歩を踏み出そうとしている方に届くことを願っています。
2. プロフィールと試練:15年以上の教員キャリアとうつ病休職、そして自己拒絶
私は特別支援学校の教員として15年以上のキャリアがあり、これまで多くの障害のある子どもたちやその保護者の皆さまと深く関わってきました。
しかし、私自身が大きな心の試練に直面することになります。うつ病を患い、傷病手当金を受給しながら2年以上の長期休職を余儀なくされたのです。現在も診断名が完全に確定したわけではなく、双極性障害(躁鬱病)の疑いもあり、通院と服薬を続けながら、2026年に職場復帰を果たして勤務しています。
この休職中、私の心を最も強く打ちのめした出来事がありました。それは、主治医の先生から「一度、発達検査を受けてみませんか?」と提案されたときのことです。
私は、その勧めを拒否してしまいました。「もし自分に障害や特性があると確定してしまったら、自分自身を受け止めきれない」と、たまらなく怖くなってしまったのです。
「仕事で障害のある方々と深く関わり、その個性の素晴らしさを伝えてきた自分が、いざ自分事になると受容できない。なんてひどい人間(偽善者)なのだろう」
10年以上「個性の尊さ」を教えてきたプロでありながら、いざ自分のこととなると恐怖から拒絶してしまった事実。自分の弱さと偽善者ぶりに激しい自己嫌悪を抱き、深い絶望の暗闇の中で自分を責め続けました。この体験により、病気や特性を「受容する」ことの綺麗事ではない本当の難しさを、身をもって知ることになったのです。
3. 親としての動揺:我が子の「発達検査紹介状」と頭の中の真っ白
自分自身の検査拒否による自己嫌悪に苛まれていた最中、もう一つの決定的な出来事が私と家族を襲いました。私には子どもがいますが、その中の末っ子がかかりつけの小児科医から発達検査を勧められ、専門医療機関への紹介状を渡されたのです。
プロとして見てきた「何百枚もの紹介状」
教員としての仕事柄、私はこれまで何百枚もの紹介状を目にしてきました。不安に震える保護者の方々に対しては、穏やかに寄り添い、「大丈夫ですよ」と声をかけ、支援の道筋をプロとして冷静に提示してきました。
我が子の名前が書かれた1枚の紙と、崩れ去った冷静さ
しかし、我が子の名前が書かれた紹介状を目の前に突きつけられた瞬間、私が築いてきた知識やプロとしての冷静さは一瞬で吹き飛びました。頭の中が完全に真っ白になり、一人の「不安で震える親」へと突き落とされたのです。
今度その専門医療機関での受診を控えていますが、今でも正直、怖くてたまらない気持ちがあります。「大丈夫」という綺麗な言葉では到底拭い去ることができない、当事者家族としての底知れない不安と恐怖を、身をもって痛感しました。
4. 起業プランの閃き:「2つの生々しい痛み」から生まれたビジョン
自分自身の特性に向き合う恐怖(検査拒否)、そして我が子の未来を思って頭が真っ白になった親としての不安。この**「2つの生々しい痛み」**をリアルに経験した瞬間、私の頭の中で何かが音を立ててつながりました。
「支援する側」の綺麗な視点ではなく、当事者や家族が抱える底知れない不安や恐怖を丸ごと包み込める居場所を、自分自身の手で創らなければならないという強い使命感が込み上げてきたのです。
その瞬間から、理想の障害福祉事業の構想が、まるで濁流のように急ピッチで頭の中に溢れ出しました。自身が教員として出会ってきた子どもたち、そして我が子も含めた家族が、学校卒業後もずっと安心して地域で自分らしく生きていける**「福祉の村」**を創るというビジョンです。
立ち上げを目指す起業プランの具体像
- 多機能型福祉施設の開設:就労継続支援B型事業所、グループホーム、日中一時支援などを組み合わせた多機能な支援拠点の構築。
- 当事者・家族目線の居場所づくり:綺麗事の支援ではなく、診断や受容に対する恐怖・不安を丸ごと受け止める支援体制の提供。
- 卒業後の安心できる未来の創出:特別支援学校を卒業した子どもたちが、学校を離れた後も大人として地域社会で働き、暮らし続けられる持続可能な場を作り、親亡き後も安心できる長期的セーフティネットの実現。
5. 現実の壁と固い決意:妻の大反対と2028年4月開設への覚悟
起業に向けた具体的なビジョンが固まり、この熱い想いとプランを妻に話しました。しかし、返ってきたのは妻からの大反対でした。
2年以上の休職を経て復職した直後という体調面のリスク、安定した公務員という立場を捨てる不安、そして約1000万円に及ぶ資金負担。一人の親として、また家庭を支えるパートナーとして妻が猛反対するのは至極当然のことであり、心配をかけている申し訳なさで胸が痛みます。
それでも、私の中で灯った情熱の火が消えることはありません。大反対されればされるほど、自分自身の弱さを知り、親としての絶望と震えるような不安を味わった自分だからこそ作れる未来が必ずあるという確信が深まっています。妻への感謝と申し訳なさを胸に抱きながらも、当事者やご家族の痛みに泥臭く寄り添える居場所を作るため、2028年4月の事業所開設に向けて退路を断ち、一歩も引かずに突き進みます。
6. まとめと今後の発信:読者へ向けたメッセージ
綺麗事の福祉ではなく、当事者や家族の生の痛みに心から共感し、隣で一緒に歩める居場所を作る——それが私の挑戦です。
今後のブログや各SNS(Instagram、YouTube、note)では、飾らない言葉で以下のテーマを中心にリアルタイムなプロセスを発信していきます。
- メンタル不調(うつ・躁鬱の疑い)と付き合いながら働くリアルな日常
- 我が子の発達検査と向き合う親としてのドキュメント
- 妻に反対されながらもゼロから福祉事業所を立ち上げる起業の裏側
同じようにメンタルの課題や発達の悩みを抱えている方、我が子の未来に不安を感じている親御さん、そしてリスクを恐れず新しい挑戦に向かって闘っているすべての人へ。私の泥臭い一歩が、誰かの勇気や小さな一歩につながればこれ以上の喜びはありません。
今後の挑戦の過程をリアルにお届けしていきますので、ぜひ**「スキ」やフォロー、コメント**で応援していただけると大きな励みになります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これからの挑戦を、どうぞ見守ってください!


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